カテゴリ:映画( 22 )

ゲキシネ「髑髏城の七人」感想(ネタバレ有り)

蛮幽鬼に続いて2作目のゲキシネ鑑賞。
(蛮幽鬼の感想はこちら
ゲキシネというのは、劇団新感線の劇場での芝居を多数のカメラと多くの編集、音響調整を経て映画館で見れるようにしたもの。
着目するべき点にカメラスポットがあたるので、劇場とは違った良さがある。
劇場は超人気で行けたことがないが。

今作でいいなと思ったのは「見得」。
人物が決め時にキリッと前を見据え、「見得を切る」。
拍子木が鳴り、一瞬の間が場を支配する。

歌舞伎の手法だが、これが非常にかっこいい。
特に見得を切ったあとでタイトルテロップが映しだされ、風に髪がたなびきながら流れる音楽、動かない人物という演出が最高だった。

演技も、殺陣しながらセリフを張り上げ、息吐き汗流しつつの朗々とした掛け合いなどはやはり、お芝居の醍醐味だと思う。
そしてそれを至近距離で見たかのような寄せての画はゲキシネの大きな利点だと思う。

多数の人が同時に話せるというのは芝居の特徴の一つだが、モブに近い役割の人達も集団でしゃべったり、かぶせたりすることでそこにいる意味を見出している。
切られやくも量産感を出しつつやられれば即退場し邪魔にならない。
そういった主要人物以外の人に役割と意義がきちんとあるのが逆に新鮮に感じる。
ガンダムなどでは艦橋の人たちそれぞれが個性的である必要性などが最近疑問なので。


演技、演出面では素晴らしかったものの、話はあまり新しさを感じなかった(初公演は20年前なのをあえて無視している)。
仮面の二重性とか入れ替わり性とか、あらゆるものが効かない鎧の内部の弱さとか。
武器の耐久性の問題とか、最強の鎧を倒すための最強の剣とか、仲間と敵城に乗り込むとかは若干ゲームっぽいなと感じた。

ゲキシネは現代娯楽のトップの一つだと思うし、値段も普通の映画と同じなので見に行ける環境の人は是非一度鑑賞して欲しいと思う。


ちなみにDVDも売ってた。↓
イーオシバイドットコム(ノンアフィリエイト)
過去作も見てみたい。
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by phys-can-tell | 2013-01-14 15:05 | 映画

映画(ゲキ×シネ)「蛮幽鬼」 感想 ※ネタバレ含む

劇団新幹線の舞台「蛮幽鬼」を映画として編集したものを観てきた。
普通の映画やアニメとは違った、役者の力というものを感じた。


・劇の映画化、「ゲキ×シネ」
汗が出ているのは舞台ならでは。
ロケと違い、爆発やらロケが出来ないという制約のなかでの物語。演者、観客共に見立てや想像力がいる。逆に、殺陣シーン等はCGや差し替えなしの迫力を体感することが出来る。
劇を映像化という点だが、カメラワークが良かった。
全体を撮りっぱなしなのではなく、人物に迫るべきシーンでは様々な角度から迫り、殺陣シーンでは特殊効果を用いたりしてより効果的に魅せるようにしている等、よく台本や舞台を研究しているなと思う。


・内容
常に笑顔の殺し屋等、設定だけ見ると個性的なキャラクターがたくさんでてきるが、この話ではキャラクターをあくまで登場人物として扱っており、話の進行が第一であった。お芝居という特性上、各役者のことを知っている人が多数を占めるとは考えられにくく、また、事前にキャラクターについて周知する機会がそれほどあるとも思えない。だから、媒体としての特性として、劇というものは話がメインになって良いのかもしれないとおもった。
映画より長く、かつ一度で終わる量というのも、一回で分かる伏線をある程度張ったりすることができるちょうどの長さなのではないか。
アドリブやコール&レスポンス等、ある程度の笑いとか出演者の遊び心を出す部分があり、それがいいバランスだったのといい場所にあったので適度な精神的休息が取れた。

原作は「モンテクリスト伯(岩窟王)」らしいが、けっこう話が変わっていて、結末が読めない。
※参考 Wikipediaモンテクリスト伯

・な,なんだってー! 全ては黒幕の書いたシナリオの通りだった!
・黒幕達の手のひらで踊っていく主人公がそれに気付き、打ち破る。
・思いを寄せ合った相手と誤解、思い込み、信念の差から敵対し、最後に分かり合う。
・好きな人のために行動し、散る。自己犠牲。
・分かりやすい悪者を成敗していい人だと思ってたら実はそう見せるためで、それより腹黒だった。
・殺し屋一族、常に笑顔、一族皆殺し、最強、黒幕系
・小物キャラ、お笑いキャラかと思えば壮絶な死に様とかボンクラのふりだったとか。
・登場人物が最期のセリフなしに死ぬ。
・復讐は無益というテーマとなんとなくそう丸め込まれる勢い。

これらのよくある要素を多量含ませることで重厚感が出ていると思う。


アニメとの違いはやはり、人間が演じている以上、キャラクターに設定として書かれることのない個性が生じるところなのではないか。そういうのがリアリティの類だと思う。
全員が自分の役をその話の中で解釈し、成り切って連続で何日も過ごすという効果はやはり、若い声優が演じきれない部分が出るのだと思う。ようは単位時間の劇中シーンに対する俳優が費やす時間が圧倒的な点が徹底的な作り込みを可能とし、映画やアニメ以上の密度あるものを作り出せるのではないか。また、演劇は自分の偏ったイメージではわりと商業的よりも個人のこだわりに依ってスタートされている部分が大きく、それが高い質を生み出しやすいのではないか。
生身であることによる汗とかわざとらしくない涙、肉声が(生のように)響く様子は映画よりも人間的。といか、ありえると思わされる。
実在しない人物を実在する人物が成り切ること(=本気で存在させようと努力すること)が生み出す説得力はやはり凄まじい。

伏線がきれいにおちていてノベライズが読みたいと思った。


※参考 「蛮幽鬼」公式サイト
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by phys-can-tell | 2010-11-13 00:10 | 映画

映画「アリスインワンダーランド」 ネタバレ含む感想

3Dで観てきた。
結論は、アニメーション版の方が好きかな、というもの。
不思議の国は現実なのか夢の世界なのか、そのへんがあやふや。

アニメーション版で話の筋を知ったのでそれとの比較になるが、実写という試みには向いていないお話であると思う。
原作やアニメーションは児童向けのものであり、昔話に近いものだと捉えているが、児童文学等の子供向けの作品にはそれ独特の流れがある。(けなしているわけではないのでご了承を。)
子供視点で見られることが前提のため、登場人物に迷いが少なかったり直感的に状況を受け入れたりとそれほど心情描写や葛藤が多くない。
この映画ではある程度それも描こうとはしていたと分かるが、私が見たときとその直後にはやはり違和感があった。
「なんで怪しい薬を飲めるのか?」→夢だと思っているから では納得出来なかった。
夢の世界の表現としては、ジョニー・デップ等見たことのある俳優が出たり、ロード・オブ・ザ・リングを彷彿させる戦闘シーンがあったりと抵抗感があった。
実写では「不思議の国」がどうしても現実と地続きの作り物、それこそアバターのようにどこか接点がある物であるように思えてしまう。

ストーリーにも少し、不満に近い疑問がある。
赤の女王が敵で、白の女王が味方なのだが、夢にしては人間臭い。
顔の大きさへと愛されなかったことへのコンプレックスと繊細さのある赤の女王にも同情出来る点がある。
白の女王には魔女っぽい動作を見ることもあったし、腹黒に思えた。殺生はしないというのも、優しさではないことが拷問に近い罰を姉である赤の女王に下していることでわかる。
おとぎ話なのだから、遠くに吹き飛ばして(バイバイキ~ン)うやむやにしたり、完全に許して改心させてもいいと思う。
だが、その前のシーンで処刑やら生首の描写を入れることで妙なリアリティが出ている。
白という色は正しさの象徴なのかもしれないが、人間が化粧して白い肌にしている場合、何かを塗隠している胡散臭さが出る。今の技術ならキャッツのように完璧に塗り隠すことができるはずなのでそういう意図があったと思える。
このへんが、へたに全年齢層向けといった細工に感じられて余計。

ハッター(ジョニー・デップ)が本当に存在する違う世界なのか、童話に出てくるワンダーランドなのか、はっきりしてほしかった。
夢なら動物の恩返しも微笑ましくていい。リアルなら社会構造をもっと知りたい。

最後の現実世界に戻ってからも、微妙な容姿の貴族の求婚を断って自立していくアリス、というのも好きではない。
そこは「見た目ではない」とかなんとか学んで収めて欲しかった。
女性の独立とか型にはまらない人が活躍できるといったことを押し付けるには、最初の部分とそぐわない。
「少し変な子」という立ち位置だと捉えていたアリスの人物像が崩れて、置いていかれた。

この映画の立ち位置は「子供向け童話の実写アニメ化であり、娯楽作」なのか「大人も見る価値のあるちょっと考える作品」なのかの立ち位置が自分で分かっていない映画であるというのがまとめ。
映像と擬人化動物のコミカルさくらいしか面白いと思えなかった。


※追記

どうやら映画自体は「不思議の国のアリス」の続編という立ち位置らしい。
劇中で「君は変わった」とか「あのアリス」とか言われていたのに気がつかなかったのは私の理解力が足りなかったからだと思うが、言いたいことは変わらないので上の内容は変更していない。

参考 映画公式サイト
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by phys-can-tell | 2010-04-25 00:05 | 映画

2,3月前半の映画@tv

「ハッピー・フライト」

映画の時間枠内にしっかり収まっていた。
様々な人間の行動をしっかり描けていたと思う。群集劇的な映画。
仕事のプロフェッショナルとは?という主題より広告臭さが目についたのが少し残念。

「沈黙の要塞」

セガール大暴れ。クレイモアを使ったりとなかなか。

環境保護を訴えながら石油プラントを爆破したり、石油会社の社長を殺したりと自己矛盾が非常に目立つ。
セガール自身が監督ということもあるのか、エキスモーやら東洋のスピリチュアルな思想がわりと前に出てきて戸惑う。

「ウルトラバイオレット」

近未来アクション。
ストーリーは全くたいしたことがなかったが、画は動きがあって面白かった。

敵を倒したら次の敵(群)が登場するのはゲームっぽい。
あとは、重力を操ったり、武器を隠し持ったり、二丁サブマシンガンやら刀剣アクションがあったりと単純に厨二病的な要素が好み。

「ザ・ビーチ」

アクティブな現実逃避と結局現実からは逃げれないという結末。
フィクションのご都合主義的展開ではなかったのがよい。


「アライバル 侵略者」

主人公が謎を追い、または追いかけられて解決へ向かっていく形は続きが知りたい効果がはたらいて最後まで惹きつける原動力になる。
映画は基本1本の中で起承転結全てを含んでいるのでいい。


「交渉人」

ミスリード、主人公の行動理由が甘い。
警察の腐敗という日本人には馴染みのないテーマだから今ひとつピンと来ないのかもしれない。


「ザスーラ」

ボードゲームにより進行する、宇宙旅行と深まる兄弟の絆。
次が読めないというのがランダム性のいいところ。
あとは、コマの指示によって出現した条件はかってに変更されないのが目新しい。



その他倍くらいの映画を見たけど特筆するものがなかった。
話が読めたりとりあえず殴り合いで収めたりと、監督が何のために撮ったのか分からないものが多い。

やっぱり現在の地球を舞台にしているものは法律やら社会の縛りをないがしろにするべきではない。
そういうところにリアリティがあるのだろう。その枠内で動かすのが前提。
運で進めるのはただのギャグになる。
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by phys-can-tell | 2010-03-09 19:31 | 映画

映画「アバター」感想 ※ネタバレ含む

率直に言うと、娯楽作品としてはすごかった。
映像は見ている時にCGとセットの区別がつかないくらいで素晴らしい。

感じたこととしては、やはりあくまで"娯楽"であるなということ。

自然と人間という非常にわかりやすい対比。
メカが最初カッコよく見えるのにだんだん無機質なものに感じるようになる演出。
"自然"がいいものだと思わされる。
そういった自然サイドへの誘導がうまい。

映画でも一人称視点にすると主人公に感情移入することになるが、モノローグとなる部分が少なく、一方的。
人間サイドに理解ある人間を出さないことで悪役にしている。
当然そちらにも人はいるわけで、家族のためとかで来て、もうすぐ帰れると思ったら"野蛮人"に攻撃され、自衛のため打って出ると毒矢に殺されるといった描写も十分ありえる。
主人公を負傷兵の車椅子利用者にしたのもアバターとなったときに歩ける→自然万歳!という誘導なのかもしれない。


異種族が分かり合えるか、ということだが、自分は難しいと感じた。
確かに、"アバター"というシステムを用いて体ごとの交流はできたと思う。
でもそれは相手の理解にはつながっても違う種族間の交流にはなっていない。
劇中でも結局、大部分の人間とは武力衝突になっていた。

恋もどうなんだろ。
相手と同じ体を手に入れたからこそ恋愛ができたのだと思う。
アバターになってきっかけが生まれたというより、アバターになったからこその恋ではないか。
逆に、異種族のままでは無理だということを示しているのではないかと思う。

あとは"現地の女に手を出す"という、航海で停泊した港の女を愛するのと同じように逃げ道があるから出来る気がする。
あくまでも"アバター"という自分の分身である。

アバターになれば足が動かない役立たずな自分から、森のハンターになって活躍できる。恋もできる。
アバターの体がダメージを受けても自分は死なない。
そいう意味では、ネットゲームの仮想世界にのめり込んだ人のような主人公の立場は一般的にはならないと思う。

主人公が正義であり、異なる文化背景の種族でも分かり合えると断言している点でこの映画は娯楽作だと思った。


実際は 自分たち>>相手 ならガラス玉で金を得、渋るようなら銃で征服といったことになりそう。
自分たちの(資本主義的、社会的)生存のためにはなりふり構わないだろうし。
他にも星があるのか分からないが、ふくれあがって資源や住むところのある場所へ場所へというのが人の本質だと思う。


また、人間サイドを追い出したが、より多くの軍が来ると考えないのだろうか。
説得する科学者も残ってしまった以上,
今度は全面対決で全滅は避けられないだろう。


他には逆に、地球人が青い人々の立場になることも考えられる。
地球外の知能体に"野蛮人"とみなされ搾取される。
まあ戦闘機に乗ってドッグファイトして乗り込んで、最後殴り合いで勝ちそうな感じがするけど。映画では。


以上拗ねた解釈。


3Dメガネは「XPanD」方式で、大きなものだったが特に違和感はなかった。目も疲れなかった。
(3Dの方式に付いてはこちらのサイトが詳しいです。)
特に3Dがすごいとかは思わなかったけど。あれはそんなに二次元と変わらない気がする。


※追記

スパイとか潜入する人は先入先の理論や感情に飲まれない専門家がやるべきで、戦いの訓練のみを受けた兵士には荷が重い。
いちおう地球人だと公言して入っているが、もともと二重スパイになりかねない要素だった、という点が伏線だったのかなと思う。
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by phys-can-tell | 2010-02-24 00:32 | 映画

1月の映画

「スペースミッション」

NASAと元ドイツ人科学者、その息子が史上初めてチンパンジーを宇宙に送り出す話。

最後が「the begininng(はじまり)」で終わってたのがよかった。
今後(現在からみれば過去のアポロ等、宇宙計画が)進んでいくという意味であり、結果を知ってるからこそ感慨深い。

ドイツ人技術者が出ていてところどころドイツ語が使われてたが、少しかじったぐらいでも雰囲気が伝わってきた。
基本的に映画は英語か日本語のしか見てないのだが、たとえ字幕で見ていても音声的に違った言語が混ざってくるとメリハリがつく。
キャラ立てという意味で方言キャラがいるが、それに近いものがある。
ブロンドジョークや国別特徴ジョーク等、ある程度その属性がキャラクターを語っている。安易になりがちだけど。

コンピューターが発達しておらず、トラブルに対していちいち図面を広げ計算尺等で手計算を行っていたような時代にもかかわらず、よくロケットを飛ばしたなぁと思う。


「69(sixty nine)」

村上龍原作の 安保反対かぶれ田舎高校生のバカ行動。

オチは気に入らないが、高校生の心理がよく出ていると思った。
自分も含め、青春というよりアホだった時期というのが中高生。
中二病という言葉があり、反抗期があり、独自の価値観のもと動く年頃。

基本的に大人は保守的だというのが子供の見方であり、もっとよくなると主張したがる。

正しいものもあるが、経済的に独立していない者の発言権は弱いなと今感じている。
一人暮らしをしても、根幹の収入を親に依存していては重要な部分の決定権がない。
そこを分かっていないのか、分かっていて苦悩するのかでテーマが大きく変わってくるが、今回は前者。
登場する高校生は、自分の寄っている部分は見ないでその部分が含まれる全体を批判しているだけになっている。

先生等、対立側の心理(価値観の変化への戸惑い、気持は分かるが現自分の否定はしたくないという感情)などがあれば対比がもっと際立つような気がする。



「デトロイト メタル シティ」

超オトメンとカリスマメタルボーカルとの二面を揺れ動く男子の話。

原作と映画はかなり違う内容。
原作では完全な二重人格だったが、今回は吹っ切れるとメタルのほうに切り替わる感じ。
普段のナヨナヨさとメタル時の突飛な行動のギャップ、オトメン状態のときにこみ上げるメタルな感情が面白いギャグ漫画の原作に対し、手段は変わっても伝えたいことは伝わるとか、母の無条件の愛とかがテーマの中途半端な出来になっていしまっていて、ギャグかヒューマンかどっちかに特化した方がよかったと感じる。

『映画化!』というのは原作が売れたからするのと、原作を売るためにするのがあると思うが、前者の場合あんまり原作を改変するのは避けた方がいいっぽい。

「天使にラブソングを」

教会にシスターとして住むことになった場末歌手が寂れた教会を斬新な聖歌によって変えていく話。

歌がよかった。
映画でミュージカルというのは卑怯なくらいいい組み合わせ。
見せ場を歌のシーンで設定できるし、印象にも残りやすい。話自体はぱっとしなくても歌がよければ満足感を与えられる。
もっというと、その話が忘れられてもしても歌だけは一般の記憶の片隅に居続けることができる。(ミュージカルだが、America (50秒~) とかはたぶんみんな聞いたことがあると思う。)

問題は、音声を伴った媒体でないと歌は使えないということ。
元の音楽を知らないと「ドーはドーナツのド♪」などと書かれても意味がない。
二次元だとリズムや音階は表現しにくいし、できても専門的。
短歌や俳句は声に出さないと活きてこない。しかも共通認識のバックグラウンドが必要。
オノマトペは文化によって異なるが、これが一番分かりやすいのかもしれない。でも短い。

結局、抽象的な描写や比喩表現を使い、受け手の想像に任すというのが宿命なんだろうか。
読書の楽しみは想像の楽しみと言うが、作者が伝えたいことをそのまま発信したいというときはどうすればよいのか。

このへんが自分の課題。



「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ、モーレツ!大人帝国の逆襲」

昭和の郷愁にとらわれた大人を子供が連れ戻し、日常を取り戻す話。

家族の絆とか、今までの積み上げのもとに現在がある、といった教訓。
あとは、『親は子供にとって絶対的な存在』ということか。性格や習慣のほとんどは育ってきた環境で決まり、学校よりも家にいる時間の方が長いことからも親は大事。
上にも書いたが、経済的に依存している以上、逆らえないラインというものがあり、それを守ることで養ってもらっていると考えることもできる。(極論だが。)
親が親のルールを守ることの強制をなくしたことで、養う義務もないと至ったというのはわりと自然。

あちこちで評価が高いが、それほど面白いと思わなかった。
絵がいつもと同じだったからというより、展開が王道すぎたからだろうか。
クレヨンしんちゃんらしいギャグシーンはそれなりによかったが。


「バンディッツ」

髪がフサフサのブルースウィルスと相棒が銀行強盗。女一人とかを巻き込んでじたばた。

種明かしが早すぎてしらける。
これも、アクションとトーク、ギャグそれぞれが中途半端で噛み合ってない。

とりあえず爆発、とかはいい加減やめたほうがいいと思う。宣伝用くらいにしか使えない。
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by phys-can-tell | 2010-02-01 20:06 | 映画

ブルースウイルス映画

「16ブロック」

主人公に足が不自由とか、年をとってるとか、アル中とかマイナス要素を付けるのはアクション系では珍しい。
基本的に主人公はその物語内で特別な位置にいることが多い。大概は死なないし。
能力物でも、主人公は普通ではない「無」「ゼロ」が特徴となる人物とかが典型。
他の登場人物と差異化を図っているのだろうが、このパターンは最近多すぎて逆に飽和しているように感じる。
あえてハンデをつけることで自然に頭脳戦っぽくもっていくことが可能なんだろう。

脚本面でも、冒頭がクライマックスの一部、というのはよくあるが、今回はそこからさらに展開していき、ドッキリもあった。
映画は爆発で誤魔化さない限り、何らかのミスリードはいると思う。
創作は受け手に最後を読ませないという姿勢が重要だと感じた。


「ダイハード」

傷だらけになりながらも一人で敵全滅ハッピーエンド。
2は見たことがあるが、1は初めて。
「16ブロック」ではハンデが元からある主人公だったが、今回はだんだん傷で行動に差し支えが出てくる感じ。
撃たれたり、妻が人質の中にいることがバレたりして後半ほど不利になり、最後の方のセリフが多い敵キャラを強そうに見せる効果。ピンチが緊迫感になるんだろう。

主人公の不死身性はできるだけ薄めておいて、「危ない!」と思わせるのが感情移入とか応援意識を発生させる気がする。



どっちもブルースウイルス主演の映画だけど、ダイハードのときは若い。
娯楽アクション系で、この人が出てくる映画はわりと面白いのが多い経験論。
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by phys-can-tell | 2010-01-07 23:20 | 映画

12月後半に見た映画

「ダイアモンド イン パラダイス」

大泥棒が相棒の恋人とバカンスしつつ、三枚目警部をからかいながらもダイアモンドを狙う話。

怪盗ものの映画だと思っていたが、ヒューマンドラマでそれほどアクションはなかった。
というか、実際の盗みなんて地味そのものだとは思う。
アクションをメインにした映画というのはよほどのものでない限りB級映画になってしまう。
登場人物の心理描写やシナリオが大事。
導入部分がただの状況説明ではなく、最後の部分の伏線となる構成がいいと思った。


「舞子haaaan!」

超絶的に痛い主人公が京都でおりなすコメディ。
今年見た映画の中でも印象に残る方だと感じた。
あまりにも主人公の行動が痛すぎて、何回も見るのを中断せざるを得なかった。あそこまでキャラを作れるのはすごい。
主人公の対比キャラとしてのライバルというのはいい要素になる。

「フレフレ少女」

ガッキーが可愛すぎた。
魅力あるヒロインとは?という問は難しい。もちろん容姿も大事だが、一途とか何かに一生懸命というのは共感できる。
見る人が応援してしまう、心情を理解できる、みたいなのが純情系のヒロインなんだと思う。幼馴染とか、メガネ委員長とか。
属性ではなく、中身のタイプで分けてみるのも面白いかもしれない。
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by phys-can-tell | 2009-12-31 21:02 | 映画

昼とかに放送してる無名映画達。

「グリマーマン」

セガールが警官になって隠れ乙女趣味の警部と組み、疑いを晴らして敵を殺す話。
ツンデレというか、人には隠したい趣味というのは誰にでもある。
それを公言できるかどうかというのがコミュ力の目安になると思う。
自分の中で自分の好きなものを肯定的に捉えられる、人に話題にできるというのは大事。


「禁断のエバ」

積極的な男性と結婚したがそいつが病んできたので他の男に乗り変える話。



「インジビブル」

透明人間になった天才科学者が戻れなくなったストレスと透明になる薬の副作用で凶暴化し、密室で知るものを全員殺して透明人生を謳歌しようとするも、逆に殺される話。
人間は弱った時に本性が出ると言う。
というか、凶暴化を薬の副作用のせいにするのは少しずるい。人格の変化というか、心理描写で変化を描いた方が面白い。
どうやって撮ったのか少し疑問だったが、動画版フォトショップみたいなのかCGだろう。



「ミリオンズ」

大金を偶然手に入れた主人公の子供が大人の社会と接し、それでも純粋なままでいる話。

聖人劇に本人が出てきたのはメタ的で面白かった。
大人と子供を対比していたが、子供はいい人なのではなく、生活というしがらみの感覚がないだけだと感じた。
ただ、好き勝手に消費するのではなく、神からの贈り物と捉えて貧しい人に配ろうとしたのは、キリスト教的教育というよりもはや洗脳に近いものを感じる。
結局物質的には満たされていても、死んだ母への思いという精神的な面で満たされたかったんだろう。
ようするに、素直にさびしいということを認められたからこそお金に価値を見いだせず、「お金で買えないもの」を欲したのだと思う。



「タイムコップ」

タイムマシンが作られた時代、妻を亡くした警官が不正なタイムマシン利用を取り締まる組織で頑張る。
やはりちゃんとしたオチがある話の方が面白い。見た後も印象に残る。
あと、やられ役というか、その他大勢のチンピラ役の人が、見かけや行動でしっかりキャラクターアピールをしていたのがよかった。
リアル世界ではどんな人にも人格と過去、考えがあるはずだから、それを表現するというのは全体の完成度をあげることになる。


有名になるかどうかは広告費によるという感じ。
口コミで広まるとか行列のできるラーメン屋を考えてもあんまり信用できるファクターではなく、単に周りと話を会わせたいという流行の追っかけの結果だと思った。
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by phys-can-tell | 2009-12-17 23:20 | 映画

マクロスF ~偽りの歌姫~

アニメがけっこう面白いので見に行った。

再放送を見ているということもあり、アニメ版の結末は知らなかったのでどう終わるか全然知らない状態。
本編はやはり圧倒的な戦闘シーンの空間描写と、映画館ならではのサラウンド感のある歌がよい。
主人公はどっちが好きなんだよとにやにやしてしまう。

気になった点は、戦闘と普段の場面の描き方の違い。
戦いの場面は申し分なかったが、人物の絵が一定せず、同一人物か疑ってしまう場面もあった。


あと、初見の人に近い知識で見て、みた後に背景を少し調べたが、戦艦型のマクロスが変形する必然性や脆弱なはずの戦闘機装甲がかなりの強度を持っているといった点があまり説明されておらず気になった。

事前に知らなかったことだが、この映画だけでは完結せず、続編があるということ。
まあ1本では無理だろうとは思ったが、事前にあれだけ広告しているのならちゃんと1本目だということを知らしめて欲しかった。
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by phys-can-tell | 2009-12-05 17:40 | 映画